• 社会福祉法人素王会理事長アトリエインカーブクリエイティブディレクター今中博之さんです。たくさんの拍手をお願いします。知的障害のあるアーティストの作品を国内外の美術館やアートフェアに発信しています。ここからが長いんです。肩書が。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会文化教育委員会の委員そして、同組織委員会、エンブレム委員会の委員。厚生労働省文化庁2020年オリンピック・パラリンピック東京大会に向けた障害者の芸術振興に関する懇談会の委員。

  • グッドデザイン賞など数多くの賞を受賞されています1級建築士でいらっしゃいます。今日は、大阪からです。今日は思いのたけをお話ください。よろしくお願いいたします。続いて、ご紹介いたします。社会福祉法人やまなみ会、やまなみ工房施設長です。福祉施設の施設長です。山下完和さん。

  • いかがでしょうか。このビジュアル。福祉施設の施設長、私たちはイメージしますが覆されますね。高校卒業後、プータローとしてプロフィールに書いてあります。プータローとしてさまざまな職種を経たあと

  • 障害者無認可作業所やまなみ共同作業所で支援員として勤務。そのあと、1990年にアトリエころぼっくを立ち上げまして、互いの人間関係や信頼関係を大切に一人ひとりの思いやペースに沿って伸びやかに個性豊かに自分らしく生きることを目的にさまざまな表現活動に取り組んで、現在は、やまなみ工房の施設長でいらっしゃいます。今日は滋賀からお越しいただきました。

  • そして、今日は私と一緒に進行モデレーターを務めます美術家、アートディレクターの中津川浩章さんです。たくさんの拍手をお願いいたします。美術家として制作活動をしながら多様な分野で社会とアートの関係性を問い直す活動に取り組んでいます。障害者のためのアートスタジオディレクション

  • 展覧会の企画、プロデュースなど数多く手がけています。岡本太郎美術館の岡本太郎とアール・ブリュット展のキュレーター本当にすばらしかったですね。ビッグ・アイアートプロジェクト、アートディレクターなどを務めています。NPO法人エイブル・アートの理事私が代表を務める一般社団法人Get in touchの理事でもございます。

  • よろしくお願いいたします。ここで自分のことも…。なんで東ちづるはこんなんことをしているのか。本業は女優、タレントなどをしていますが25年前からこうした社会活動をして2011年Get in touchという一般社団法人を立ち上げました。MAZEKOZEの社会、多様性社会ですね、ダイバーシティの社会をMAZEKOZEの社会と言い換えてそんな社会を目指してアートや音楽やファッションや舞台ですとかワクワクすることを通じて

  • 私たちはすでに、色とりどりの人たちと暮らしているんだということを可視化、体験化する活動をしています。Get in touchでは障害のある方たちのアート展ですとか、いろいろなことを活動していて、今回、発起人の1人でございます。そして服部正さん、よろしくお願いします。今一度、たくさんの拍手をお願いいたします。中津川さん、面白かったですね。

  • あっという間の1時間弱という時間で。

  • もっともっと聞きたかったですね。

  • できれば、この時間の中でもう少しふかぼりしていけたらと思っています。

  • なんとなく、こうしたフォーラムがなぜ開かれているのかということは届いたかと思うんですが今中さん、この企画を立ち上げて。最初は、本当に小さな勉強会をして発信していこうという話だったんですね。

  • はじめは、服部先生さっきおっしゃったみたいに10人弱ぐらいで日本のアール・ブリュットの現状というのを全国で2~3箇所でやっていけたらいいなと思っていたんですが600人ぐらいになってしまった。

  • この障害のある作家さんたちのアート業界では今中さんは、とても有名人でほかの団体ですとか、ほかの人たちとはつながらないで、単独でやっていくと有名なんですね。なかなかとんがった方で。それが今回こういうふうに一緒にするというのは、どうしたんだろうっていう…。ざわざわしてますよ。

  • その辺の取っかかりの話をさせてもらいます。少しお時間いただきまして。先ほど、ビデオレターで出はりました村木さんとは、15年ほど前にお会いさせていただきましてそのとき、僕は会社でデザイン部のサラリーマンをしておりました。当時、無認可の作業所があったんですね。それを立ち上げています。そうしてるときに、何か僕はもともと空間のデザインをやっていましたもので

  • 障害者のアート活動に入っていたときに福祉のことばかりが前に出てきてアート障害者の方のアート活動やのに障害者だけが議論されることが、非常に。20年前は多かった。おかしいなと思ってるときに今中さんにお会いしまして、そんなに会う機会もないので、1回聞いてみようかなと。これ、この分野は厚生労働省だけでやっててはだめですよねと。

  • 文科省に絡んでいただいて両輪でやっていかないといけない仕事だと話をさせてもらいました。非常にフットワークの軽い方だったのでそれから、ガタガタと動きまして、このフォーラムを受けて資料を整理したんですが2007年ぐらいに、僕こういう関係で事務次官会議に呼ばれまして、お話をしました。それ以降、先ほども服部先生から説明があったんですが文化庁とか厚労省とかいろんなところでこういう懇談会、委員会がスタートしたと。

  • ちょうど2007年からスタートしたと記憶をしています。そこから先の話は、のちのち。山下さん、本当にようこそお越しくださいました。なかなか決意のいった登壇ではなかったでしょうか。

  • はい。決意ですか…。今日のいでたちをご覧いただければ決意はわかると思います。

  • 言いたいことは言いたいなと腹をくくって出てきてくれたと。

  • 見た目だけがこうなってしまいました。すみません、こんな空気にさせてしまって。やまなみ工房の山下です。性格はいたってまじめで正直者です。よろしくお願いします。

  • 今やまなみ工房さん、本当にアート活動をするということでは日本を代表する1つだと思いますが、普段はどういった活動をされていますか?

  • 結果としてアートという枠組みで語られることが多いんですけど僕も現場のスタッフも、一人ひとりの利用者と呼ばれる人たちがいかに、どうすれば1日、笑顔で満たされるかということに取り組んでたらいつしか、こういうふうな形になったというだけで今も実はその延長線上にあるだけなんですね。

  • 初めて数年前にお会いしたとき、アート活動をしていますよねと聞いたらアートなんかわからへんっておっしゃったんですね。それは今も変わらず?

  • そうですね。彼らの生み出す表現、言葉であっても歌声であっても笑い声であっても何か描いたものというものは好きですけどね。それがアートとして芸術至上主義の中でどういう位置づけになるかそのようなことについては僕はなかなかわからないですけど。わからないといってたら今中さんに怒られますから。

  • 怒られる関係ですか?今中さん。

  • びしばしいきます。

  • お二人は創作活動はどう呼んでいますか?今、アール・ブリュットとかアウトサイダー・アートとかエイブル・アートとかいろんな呼び方がありますけど。

  • 僕はカテゴライズするということとは一線を画し、アートと呼んだり同時代のアートと呼んだりしています。

  • それで通じますか?

  • 通じるところにいっています。

  • というのは?

  • 我々なかなか、横のつながり山下君のところとかともう1団体くらいしかつながってなくてそういうのも理由にあるのかもしれませんけど障害者アートとかアール・ブリュットというカテゴライズをした中で、とても窮屈な感じがするんですね。それが、少し先ほど服部先生に触れられてらっしゃったけどアウトサイダー・アートといったときに、実は自分たちも当初、アウトサイダー・アートという名前をつけてやってた時期はあったのです。

  • ただ、そのときに感じたのは、うちのところのアーティスト、重度の方が多いんですけど彼らがアートと名づけたかというとそれは、美術的な観点じゃなくて福祉的な言説として彼らが、我々はアウトだと名づけたかといったら、少なくとも言ってないのできっとアウトと名づけたのは、インサイダーの人間だろうと。

  • とても、差別的なにおいがしたんですね。なので、そういう名前のつくところには極力関わらないように今までやってきました。なので、アートといったらアート。

  • アウトサイダー・アートという言葉、アール・ブリュットもそうなんですけどアウトサイダー・アートにもちょっとアレルギーを起こす人たちはいますよね。

  • 僕がディレクターをしている川口にある工房集というところがあるんですけどそこはアートという言葉を使わずに全部、表現活動という言葉にしています。それは、やはり、アートといった瞬間に取りこぼされるものがあったりもちろんアール・ブリュットといってしまうとまた分断されるということもありますので原点に戻ってアートでなくてもいいけど表現じゃないというところでやはり人間の持ってる表現の可能性みたいなものを探るというところで、まず表現活

  • 動と名づけてそれでその中で、いろんな展開を考えているというのはあります。

  • 表現することは生きることなんだという。山下さんのところは、どういう呼び方ですか?

  • やまなみ工房はいってみればインカーブさんと真逆なところがあるかもしれませんね。うちは例えば、これまで活動を始めて30年になるんですが今までお誘いいただいた展覧会はほぼすべてお断りすることなくちょうだいしたきっかけは全て参加させていただいて。

  • それはアール・ブリュットでもアウトサイダー・アートでも?

  • もちろんですよ。やっぱり、また微妙な笑いがまたあとでどうしようかなと思ってるんですけど。特に今、僕は出展することによって、皆さんとかご家族とかが否定的に言われたり粗末に扱われたりとか、そのことによってなんらかの不幸が生じるということではなくて、まずその存在を知っていただきたいということがありましてこれまでも恐らく、これからもだと思いますがたくさんの方とつながりあいたいとか、そこから生まれる新たな可能性を知りたいとかそういうことを考えながら、やってましたけど。

  • 大丈夫ですか?

  • 大丈夫ですよ。ここからぐいぐいいきますよ。服部さん服部さん、こんなふうに、いろいろ選択肢はあるんですね。

  • 作る側というか、表現をする立場と、美術の側でどう受け止めるかというのは問題が違うと思うんですね。そこを論じるのも少し難しいところがあると思います。アール・ブリュットにせよアウトサイダー・アートにせよ言葉の出発点からすれば、非常に一般的な概念というか、アートの側から何か新しい表現を求めていったときに見つけてきた言葉ではあるのでそれが社会福祉とじゃフィットしないというのは当然のことだと思うんですね。その辺ことを、一方山下さん、なんでもというふうにおっしゃいましたけど

  • 山下さんのところの作る本って海外のアール・ブリュットの人たちに受けそうなというか、すごいとんがった感じなんです。やっぱり海外のアウトサイダー・アートを意識してるんですか?

  • あんまり海外のどうのこうのに興味がないというか…。あまり知らないので。

  • その割にはちゃんとバイリンガルで。

  • 日本語で書いてある施設も英語で書いてあったりするところも多いのでうちも英語で書いたほうがいいかな。そうやって服部さんに海外でも通用するんじゃないかと言ってもらえるのは本当にうれしいですね。どこでも行きます。

  • すみません。マイクの交換をしていて聞いてなかったです。

  • アール・ブリュットとかアウトサイダーという呼び方が出てきてちょっと混乱してるかもしれません。アール・ブリュットという言葉を知っていますよという方どれぐらいいらっしゃいますか?たくさんですね。その意味も知ってますよという方どれぐらいいらっしゃいますか?ぐっと減るわけですね。ありがとうございます。今、本当に全国各地でアール・ブリュットという言葉が使われています。国立や公立の美術館も使っていたり行政も使っていたりします。

  • 私も、展示会をしたりするんですがそのときにアール・ブリュットという言葉が入るなら展示は控えさせていただきますという方もいらっしゃるし、うちの子どもの絵、すごいでしょ?アール・ブリュットはすばらしいですよねとおっしゃる方もいます。アール・ブリュットってご存じなんですか?っていったら障害者の絵でしょ。うちの子どもは自閉症で知的遅れがあるうから

  • うちの子はアール・ブリュットでしょって言って、そうですか…と。割と、無邪気にといいますか、カジュアルにその言葉がふんわり日本は使われてきているんですね。その辺り今中さん、いかがですか?

  • この前、服部先生が京都で講演されて僕、お伺いしたときにその団体さんもアール・ブリュットという言葉を使ってらっしゃった。服部さんからの質問で、なぜ使われていたんですか?なんとなくって代表の方がおっしゃって。なんとなく使ってたけど服部先生にこう言われると、今まで間違ってたかなってオチやったんで。そういうぐらいカジュアルにお使いになるケースが多いと思うんですけど、

  • その辺は、なんでそういうものをもっとミニマムに理論的主張として例えば服部さんを挙げるならば僕らは勉強しなければならないのかと。そこにあるんですね。我々福祉、アートに関わる者はもう少し概念整理をきちんとすべきだしアール・ブリュットというのは障害者アートではないのですよというのを

  • 断言するための宣言だったんですね。デュ・ビュッフェの。その辺を地固めというんですか。福祉業界。特に福祉アートの人たち。その辺が少し置いたまま、厚生労働省が旗を揚げるから地方公共団体の議員連盟も含めて

  • 市町村連盟たちが手を挙げるからそれに乗っかろうともう少し待ってくださったほうがよかったなと個人的には思って。

  • 今、県知事ですとか区の長の人たちがうちの県とか区で市で町でアール・ブリュットを押し出していきたいんだというところも増えてきましたね。

  • 増えてますね。例えば、東京だと立川アール・ブリュット聞いたことあると思いますよね。あと、武蔵野アール・ブリュット中野アール・ブリュットとアール・ブリュットの大安売りみたいになってきて。

  • もともとアール・ブリュット、アールはアートという言葉のフランス語でブリュットは生というところなんですけどエス・ブリュットというのがあるんですね。

  • 佐賀県ですね。

  • アートがなくなっちゃう。

  • アートがなくなっちゃって本当にそういうふうにアール・ブリュットの大安売り。最初の概念をほとんど考えないまま使われて、障害者アートのブランディングというか、そういう言葉で使われたことで起こってくる誤差みたいなずれは僕はとても気になっているんですけどね。

  • そういう意味ではオリンピックの文化委員会というところにお邪魔させていただいて。ざわざわっとした瞬間がありまして。東京都の行政の方が美術館の中で東京文化ビジョンやったと思います。冊子をいただきました。その中に、アール・ブリュットの展示を推進していくということが

  • 明文化されてたんです。同時にその会議のところでオリンピックを盛り上げていかなあかんというオリンピックの組織委員会、応援プログラムとか公認のプログラムというのがあるんです。それにアール・ブリュットという名前が使われているのです。それを見たときに、ざわざわっといやな気持ちになってきました。なぜ、そこまで行政側が応援をするのだろう。彼らは、原義というものを知っているのか。他方で、ダブルスタンダードでスパゲティーはおいしいけどたらこスパゲティーもおいしい。そういう形でもいいのかとしたと

  • きに僕は少し、福祉でありながらデザインをかじったものでなんか、美術とかデザインが馬鹿にされたというたらあれなんやけれどなんかないがしろにされて強引に引っ張られていくというのはざわざわっといい、気持ち悪さといい政治の力なのかと思ったりそんな瞬間がありました。

  • アール・ブリュットという言葉を使うのは自由ですよね。それは本当に選択肢はたくさんあったほうがいいと思います。ただ、国とか都とか行政がその言葉を使うということは国民の税金、私たちの血税からその活動がなされていくわけです。そのリーダーの人がアール・ブリュットという言葉の原義。もともとの意味をふんわり考えて障害者アートといったら、ちょっと、なんだか福祉のにおいがするからアール・ブリュットというほうが格好いいぐらいの感じで

  • ちょっと進んでいるようなにおいが、無きにしも非ずですね。

  • アール・ブリュットという言葉をふわふわ使うことのある種の問題というのは、例えば美術業界が離れていってしまう危険も1つあると思います。私、1月から6月にかけてまさにアール・ブリュットという言葉をデュビュッフェが思いついた展覧会をやったんですけど彼は明らかにアール・ブリュットなんですが彼の展覧会をやってても美術業界の方アール・ブリュットは関わらないようにしているんですよという人がいるということはこれだけ日本でアール・ブリュットという言葉が、誤解を持って

  • 使われてる状況から距離を置きたいと考える美術関係者が増えてきてる出てきているということだと思えば危険だなと思います。一方で、アートだというふうにおっしゃいましたけどやっぱり障害のある方のアートを何かの形で言葉にしないと、障害のある方のための助成金というものはとられていない。純粋にアートの枠組みの中での助成金、現代アート、

  • 古いアートも含めての中でやっていこうとなると言葉は必要ないですがいざ、障害のある方の創作活動のための助成金があってそこにアプライしようと思えば障害のある方のアートをカテゴライズせざるを得ないというそこにも矛盾というか、現実的な問題があるかなと思いました。

  • それはきっと、こういう活動をされている方々の皆さんのジレンマちゃいますか。障害というものを前に出して、僕は身体障害者の今中ですとは言わないわけです。それが、いやだから言わないということではなくて言わないんですね。発達障害児の息子ですみたいなことを誰かに紹介をするわけがないです。でも、身体障害を持っている。発達障害を持っている。

  • 事実として持っとる。僕は出番の問題だと思っていて。一番頭に15年、20年ほど前の新聞はすぐに障害者アート、頑張ったアートって連呼してたじゃないですか。最近、少し後ろに引いてきた。そういう問題で、頭一番には持ってきいひんけど6番、7番には

  • 添えておく疑問だと思うんです。それは隠しておくものではなく助成金のとり方にもあってあえて障害者だからとってコンペティションを課しましたということを我々はしない。作品とかプレゼンテーションで勝ち取っていくものでふたを開けたら重度の知的障害がありました。ふたが空けたら女性でしたというものと同じように男性でしたみたいな

  • 属性として僕らは捉えていきたいと思います。

  • 一般的なというとおかしいかもしれませんが一般的なアートの現場に出展していくんですよね。アートありきで評価されて市場に出ているということですよね。これ、すごい難しいなと思うんですがアートと福祉、両輪でつながっていないように見えて両輪でいかなければならないわけですね。

  • 15年ぐらい前にやっぱりそういうアート、アートって障害者アートの障害者をとって展覧会とか僕も企画したことがあってそうすると見事に取材は来ないし人は来ないんです。そこで、泣く泣く障害者というのをつけると取材がきて広がるというところで、こちらの問題でみんなシンポジウムやってなんで障害者ってつけるんですかって必ず言われるんですよ。責められる。

  • それは、僕らはとりたいんだけど、それをとると、広がっていかないという二重のジレンマがあって。見る側、受ける側が、それを気にしなくなったときが多分、そういうところなんだなと思ったんですね。だから、それをとる時代まで、丁寧に説明していってアートはアートであるということをいろんな角度からやっぱりプレゼンテーションしていくのが、とても大切なんだと思います。

  • そういう意味ではこのように議論していく場というのはとても必要なんでしょうね。展示会をしましたら、障害のある作家さんだと思って見てきてくれているので、評価しなきゃいけないと思い込んでる。悪気なく、という人も多いようなんですよね。やっぱり純粋ですねとか皆さん、カラフルなんですよね、こういう方とかって。胸を打たれますというふうにおっしゃる方多いんですけれども、それは障害のある作家さんでも

  • いろんな人がいるわけですよね。そりゃあもう、美しい心の人もいますが邪悪な心というか嫉妬心もたくさんあったりとか結構、変わらないですね。

  • 障害というのはある種着物みたいなもので脱いでいくと人間というものが表れますから、ただ、障害者の人たちが作った作品というのは批判しづらいというところが確かにありますね。純粋なアートというと変な言い方ですが普通のアートでしたらかなり辛らつな批評もありますし本当にボロクソな論争があったりするんですがこの領域は、なかなかそこまではいっていなくて。含めて、まだ守る。守ってある程度カテゴライズする中で育っていくというところはまだまだ、必要だと思いながら

  • やっぱり将来的には論争が起こるようなことになったときに多分、障害者アートあるいはアール・ブリュットという言葉がたぶん、消えていくと思います。

  • 山下さん、いかがですか?長い長い活動期間がありますもんね。最初からこんなふうにうまくいってたわけじゃないでしょ?

  • でも、僕は30年前のことから道中も考えてみたんですけど今の名称や国内ではこうなっているといういろんな現象と言っていいのかわからないですけど、例えば国や県が予算をつけて障害がある方々の展覧会を開催したり支援をするというのは始めたことから考えたら想像もしがたいうれしいことであったりしました。だから、非常にありがたいなと思ってますしすごいご尽力いただいた方に敬意を表したいと思っています。服部さんのお話をお聞きしてもそうですけどこれまで自分の中で捉えていたア

  • ール・ブリュットと今の国内でのアール・ブリュットというふうな認識は少し、ずれがあるかなというのは僕も危惧していて。特に海外のアール・ブリュットコレクションとかさまざまなところに出展したり購入していただくときはスムーズにいくのになぜか国内でアール・ブリュット展とかなるとそこにどうしようという迷いが生じたりするのは、なんなのかなと

  • その辺がもやもやしたりするんですが。

  • それはなんなんですか?

  • それ、もうちょっとあとでいいですか。

  • 山下さんのところは、かなり外のアール・ブリュット系の美術館とかにコレクションされていますよね、作品を。そういう点ではかなりグローバルで 概念はどうであれ…。

  • 概念は概念でちゃんとあるんですけどね、ピシッと。特に滋賀県でいうと僕は滋賀県で例えば長年行われてきた場所で非常に実践を学んできて、すばらしい成人さんたちが

  • 切り開いた道の上に今、やまなみが歩んでいるんですけど。行政とかいろいろな方がアール・ブリュット推進とかでいろいろな取り組みをしていく中でやまなみ工房の作品も熱心にお誘いを受けてあちこちに展示をしていただいたりするんですね。でも、そこに訪れた市役所にアール・ブリュットということでやまなみ工房の作品があって。例えば、そこに市役所に来た人たちは、これがアール・ブリュットだなと思ってしまう現象は、やっぱりありますよね。だから、4~5年前まではアール・ブリュットという言葉を知らなかったいろんな地域の人たちが

  • やまなみの作品を見てアール・ブリュットだねと言ってくれることは、ここ最近、非常に多いですね。

  • そう言われたときは何か言葉を返してるんですか?

  • 一人ひとりに言うてもうたときにこれはねとは、言わないですけど、そういうところに出展したりはしますけどやまなみ工房のスタンスとしてはやまなみ工房として取り組む展覧会では何々アートということではなくて1人のよしかわひであきさんとか、個人の名前で作品展なり出展をしてるんですけどね。

  • 滋賀ってある意味、福祉発祥の土地というか場所というか、重要ですよね。僕も、本とか読ませてもらって、その中で初めて陶芸活動した話とか。実際、山下さんの運転する車でエピソードを聞いたことがあるんです。そのときに、最初のアール・ブリ

  • ュット、いわゆる障害がある人たちの表現活動の始まりというのは、やぎかずお先生の陶芸、有用性のあるコーヒーカップとかお皿を作っていたんですよね。

  • それが、八木一夫さんが席を外した隙にみんな勝手に好き勝手に作品を作ったんですって。何時間して帰ったら、どひゃー、これはすごい。俺は教えることはない。あなたたち、勝手にやって好きなように作ったほうがいいよってなってそれが、広がって。山下さんのところの活動も人間的にも含めてそこで学んだ、体験した人たちが分散して、滋賀の表現活動特に陶芸系は盛り上がったというところがありますよね。

  • 現場の中での実践というのは非常に学びを受けた。非常に影響を受けましたね。今も根底にはありますね。

  • やまなみ工房さんの場合、クオリティーの判断はどうしてるんですか?

  • 僕たち、現場の者の間でふるいにかけることなく。

  • ふるいにはかけない?展示会に出展してくださいって言われたら?

  • 選んでもらいます。

  • どなたに?

  • キュレーションであったり主催者側に。僕たちでこれはいいという判断はせずにある程度、すべての表現というのは僕たちにできるのは、まずは大切に保管することであり、それをたくさんの方々に見てもらう機会を作っていくことだと思うので。そこから先、いろんな方々の関わりの中で例えば展覧会に出展していただいたり選んでいただいたりということが起こり得ますね。

  • そもそもの話になるんですが、通所、入所の方がいますよね。その人たちは最初はアート活動はしていますか?

  • 僕たちも今ここへ来てやまなみ工房はアート活動をしているといわれますけどただ、現場の中をのぞいてみると本人も僕たちもそれがアート活動なのかどうなのかというのは彼らがしていることで、笑顔で満たされるにはどうすればいいかということのみであって。

  • よくある作業所ですとか、福祉施設がすることはされていないですよね。皆さんが、何かしら創作活動をしているんですよね。

  • 表現活動というかそういう形になってますね。

  • その人には何が合ってるかというのは、それは施設の方たちが一緒にやっていく?

  • 時間をかけて中には10年後に絵を描き始めた人もいたり。

  • 10年間は何してたんですか?

  • 悩みました。この人はどうすれば喜ぶんだろうとか。

  • 悩む10年間、粘土を渡しても何もしないとか、画材を渡しても何もしないと。

  • だからといってこの人、何もできない人なんだじゃなくて大切なのは現場の中での信頼関係とか人間関係ですから、そのことを教え込むための日常というのは意識しています。僕らは彼らは一体何をすればもっと喜ぶんだろうとか笑うんだろうとか、日々、現場のスタッフでそういう好奇心というか想像力しかないのでね。いい作家をいい作品を生み出して海外で展覧会をしようとかそんなことはあまり考えていないですね。

  • やまなみさん有名ですからご存じの方多いと思うんですけどインスタントラーメンの袋を毎日ずっとぶちぶち、ぶちぶち触ってる彼女いますよね。

  • そうなんです。

  • ほかの施設だと、たぶん、困った人になると思います。

  • でも言ってみれば、25年前とか30年前日中の作業所で絵ばっか描いてましたとか、売れない粘土を作ってましたとか実用性のないものを作ってましたといわれると、たぶん、ほとんどの人から問題行為だといわれてたんですよ。それと一緒の人形が今、美術館に飾られてざまあみろと思いますけどね。

  • 何十年前だったらいたずら書きとか、そういう全然アートとは評価されないで捨てられていたっていう人たちも多いんですよね。

  • そのラーメンを1日中触ってる子、それも彼女の中では表現というか表現って呼ぶのもあれなんですけど、それも、同じぐらいに彼らにとって必要な行為だといえば、形になった成果物の表現とラーメンを毎日くしゃくしゃする行為と等価であるとかそういうところは、たぶん、表現活動する施設としてはとても大切なものだと。いい作品作るからいいんじゃなくて、そこでいることがすばらしいとか。きれいごとに聞こえるかもしれないけど。

  • 今の国の流れがあってやっぱりアート活動をしようとし始めてるいっぱいあると思うんです。それによってそうした活動に携われる障害のある方々が機会が増えるというのは非常にいいことだと思うんですけど例えば、フランスを旅するため公募展に入選するためにということの活動になると彼らは悲しい思いをする場面があるんじゃないかなと思いますけど。ラーメンを持っている人も決して彼はご自身の中でこれをすることは幸せになるんだという行為ですから。

  • それを僕たちは、そんなのしないでちゃんと絵を描きなさいと言う権利はないですからね。日常の中では一人ひとりがこれをしたいという現場を作るというのを心がけてますね。

  • 最近、アート活動をしようという施設は増えているんですね。これはいいことなんですけどはい、ちゃんと座りなさい。こういうふうに筆を持ちましょう。指導したりだとか、手は入ってしまう。指導することは悪いことではないんですけど、あまりにも手が入ってしまうという流れも出てきているようですね。そのあたり、とても残念というか危ういですね。

  • 僕、今中さんにお聞きしたいなと思っていたことがあって噂なんですよ、噂なんですけど、アトリエインカーブでは作品をほめない。褒めたらあかんみたいな。そのことを山下さんに言ったらうちはめちゃくちゃ褒めるでという話をしてましたけど。それって、いろいろ、表面ではないところもあると思いますが、その辺りはいかがですか?

  • 褒めないというのは重度の方も多いのでね。褒める褒めへんという関係というのは、いうたら、上意下達になる可能性が高いと。

  • それは、昔で言う養護学校今で言う支援学校ではこうなるべきだとか、こうするのだというのを教職員の方々が彼らにいうケースがありました。そうなると、彼ら、アーティスト、障害のある方々は、その方の目を見て指示を待って活動を行うこともありました。なので、フラットにはなれないとは思うんですけど、よりフラットになるためには僕は難しいと思うんですけど怒らず褒めず。これは難しいんですけども。

  • いいものができたらうれしいんですよ。ええなとは言いませんけどおお、とは言います。うーんとか、おお、とか。それで、15年も20年もやっているので。それは、波風を立てないというか…。

  • リアクションをしないというわけではないんですよね。

  • おお!とか言うてますよ。どうしても、起伏が激しいと気持ちがざわざわする方が多いんですね。ほめられた、うわーっとなる方も多いので。そうやなくて褒めもせず、いじりもせず。そうなったら何がおもろいんやって言われるんですけど。きっと、それは、インカーブ的かもしれないけど。

  • そこ、難しいですよね。本当に褒めて伸びるタイプの人もきっといると思うんですね。それが喜びになって創作意欲につながっているというのも。子どもと一緒だと思うんですよ。あと、褒めると例えば、すごい速いね、速くこんなの描けるねとか集中力、すごいねとなると

  • 早く描くことに夢中になる。たくさん枚数を描くことがいいとか褒められたことをもっと褒められようとする人たちも出てきて出てきて、難しいですね。

  • ほめられるだけじゃなくて評価されるということです。

  • ほめると僕のほうが先生的になってしまう。

  • 決してそうじゃないんですよね。僕たちの中に上下関係があるわけでなくストレートに自分の思いを伝えることがすごいやん。さっきの今中さんのおお!っていうのを僕たちは、おお!と言うてるだけで。

  • それ、関西人特有。

  • でも、今中さんにお話を聞いて褒めたらいけないという話を聞いて僕も褒めないでおこうと思ったんですけど、2時間もちませんでしたからね。東京の壁は厚いな。

  • なかなか東京と関西、違いますよね。気づいたんですけど中津川さん以外、全員関西人でしたね。

  • 国の会議も一緒なんですよ。ほとんど関西弁。障害アートというのは、本当に関西が強くて懇談会も関西弁ばかり。

  • 褒めるということと指導ということがあるんですけどもともとアール・ブリュットというのは、教育を受けていないということで教育を受けてはいけないということにも通じるんですよね。ということは、指導というのはどう絡んできますか?

  • すごく難しい問題なんですけど、指導すると引き出すって違いますよね。例えば、みずのき美術館というところがあるんですけど、そこは戦後かなり早い時代に障害者の表現活動を始めたところです。とても有名なところです。そこでシベリア抑留から帰ってきた画家の人ですごいいろんな思いをぶつけたんでしょうね。そこで鳥小屋からの出発といって、鳥小屋を改造したアトリエでこつこつ

  • とやっていたんですけど、そこで彼は今みたいな時代と全然違うから障害者たちに表現活動をしてもらうためにすごい工夫をするんです。自分でメソッドを作って丸、三角と四角を組み合わせて塗り絵みたいにすると表現が深まるなということをいろんなことやりながら、育てていくんですがはたから見ると、それが教えてるんじゃないということで

  • 服部先生なんかも一時アール・ブリュットじゃないとおっしゃってた時期がありますよね。

  • ものにもよるんですが、そういわれながらも障害のある方はそれを突き抜けて自由に描いちゃったりもするのでその辺を見る、これが色塗りわけの教育がそのまま表れているものなのか。そこをさらに、いわば足かせですよね。教育。かせが入ってもそれを突き抜けてしまえば十分に面白いというか。アール・ブリュットというのは

  • やっぱり半文化であったり、反教養、反行政であるわけです。もともとの言葉としては。それは、いわば社会のルールを突き抜けるということなので教育をされながらそれを突き抜けてしまう面白さが意外と見えてくるということがありますね。

  • 僕がやっている教室でもデッサンを教えてくださいって言うんです。あまり教えたくないけどでも、そういう人たちがデッサンを学びたい写実的に描きたいどうして?って言ったらダリみたいに描きたいとか。通常は、精神の人って割と普通なので、学びたい、向上したいというのはあるけどアール・ブリュットでいくと教えちゃいけないからという。僕は教育を受ける権利というのは当たり前だけど障害者には必要だし発達保障の概念もありますから。

  • 教えるんですよね。美大的な受験の方法を応用しながら教えるんですが、服部先生がおっしゃったよう大体1年ぐらいやると、そこから抜けていくんですよ。そうするととんでもない表現になっていて写実力を身に着けたからとても広がってオリジナリティーが広がってくるんですね。そこで教える教え内よりどう突き抜けていくかが重要ではないかと思います。

  • 学ぶ場所の環境や、その人との信頼関係というのもかなりありますよね。

  • アール・ブリュットの話でいくと施設なんかでは教えないということを教えちゃいけないというのは出てきています。

  • それはある種のアール・ブリュットという概念あるいはアール・ブリュットという概念が定着しているヨーロッパ、アメリカの市場というかコレクターの趣味というかそちらに引っ張られている部分は、確かにあると思います。それは、障害のある方の捜索活動の草の根でやりたいことと、ちょっとずれてきている部分はあるんじゃないかな。アール・ブリュットという言葉とあるいは、障害のある方のクオリティー重視の展覧会が続いていくというか、それだけが華々しいことであるということが問題だと思っていて。ほめないとかいうことがありますけど、ほめるの典型が

  • 展覧会に出すということじゃないですか。展覧会に出品するというのはまさにその人のことを褒めて引っ張り出しているわけですよね。こういうのを出せば展覧会に出るんだというのはご本人にとっても自信にもつながるし社会参加ということでも、とても意味のあることなんですけど一方で、展覧会にある種の方向性があることで作られる作品が限定されてしまうとか毎回出る人が一緒になってしまうとか、そういうふうなことで、草の根の部分がなかなか広がっていかないというか。そこの関係性は

  • もうちょっと整理して考える必要があるんじゃないかと思います。

  • そもそも、アール・ブリュットという呼称を作ったというかジャンルを作ったデュビュッフェは、社会性とのつながりというのはどんなふうに考えていたんでしょうね。

  • 当時の1945年とか50年に落とし込む必要があると思うんですけど今に比べれば随分、保守的で自由度は低かったと思うんですね。当然、山下さんのところのインスタントラーメンなんてアートだと絶対に言われない時代ですね。そのような時代のもっとオーソドックスなアートがあって美術大学に行かない人が描く絵がアートになるはずがないという状況の中で、そんな社会の枠組みを解体していくというか新しい価値観を導入していくとい

  • うことに意義があったんだと思います。だとすれば、今やらなければいけないのはそれをまねすることじゃなくて今の社会が持っている足かせについてもう一度考え直してみるということじゃないかなと思います。

  • 基本的なことになるかもしれませんけどアール・ブリュットと呼ばれる作品は売ってはいけないんですか?

  • どうでしょう。普通にマーケットありますけど。山下さんのところも売っておられますよね。

  • どういう認識ですか?

  • その人が買いたいというので買ってもらいましたけどね。

  • デュビュッフェは、売らないということですよね。

  • そうでもないですよ。デュビュッフェ自身も自分のコレクションの一部を売ったりもしてますし。

  • しかも、デュビュッフェは自分も買ってるわけでしょ。

  • 売る売らないというよりは、売れるものを作ってるわけじゃないんですけどその方の作品が売買されて本人の収益につながったらいいですよね。

  • やっぱり作品というものは流通していろいろな人の手をお金を持って買われて動いていくうちに価値が高まっていくのが必ずあるので、絶対売らないというのはむしろ非常にアートとしては不健康な気がしますよね。それはそれで、本来のアートのありようをすごくねじ曲げている部分があるので作品は、販売される、それによって、その作品の価値が高まっていくというような。その中で評価される、それは今中さんも山下さんのところも意識しておられますよね。

  • 特に今中さんのところは売るということを重視されてますよね。

  • 今、服部さんがおっしゃったみたいに流通とか、市場で価値がつくられるというのを福祉は、なかなか認めにくいとかそこにフォーカスしにくいと思うんですよね。それは、なぜかと言うと、例えば、もともとは、内職仕事をするところだったんですよ。内職仕事をしてお給金を得る。それも結局は市場への参加なんで

  • すね。我々アートフェアに参加するのも市場への参加。その市場に参加する以外に価値が継続して続くということは、非常に少ないと思っています。ただ、描いたものを家に置いてそれだけで。もしくは展覧会をしてそれだけでというのは今、日本の状況ですけど。もう一歩先にそれに市場価値を与えていくというのは罪なのかとか、悪なのかって思ってる方が多分多いです。

  • 我々、アートフェアに出るということになると非常にきょとんとされる方がいはるし、そこまで売買をしていっていいのかと思われる方、福祉の方は多いと感じます。

  • 例えばご家族の方が子どもさんが作ったものは、とても大事だから自分たちで大事にしておきたいとおっしゃることがあるんですね。私も実際に接していく中で。それって、そのご家族の中だけで完結して、100年後には残らなくなっちゃうわけですよね。そのうちがなくなって、残酷な話、人は必ず死ぬのでその死んだ100年後にはその作品は残らなくてきっと処分されてしまうわけですね。それを社会のアートの流通するところにきちっと

  • 回していけば、100年、200年、残っていってご本人、お父さんお母さんの名前は残らないかもしれないけど子どもさんの名前は、きっと100年後にも200年後にも残る可能性があって、それをみすみす、捨ててしまうんですか?

  • それは、多いでしょうね、きっとね。注意せなあかんのは逆になんでも売ってしまう人。施設でも。なんでも売ってまえっていうのがいはって、そうではないですね。

  • これは、売れ筋だからとか売れやすい作品を描く人という。

  • そういうのもある。一切合切どうぞという施設もあるんですが、そうではなくて基本の主体はアーティストなのでアーティストが売らんといったら絶対売ったらあかんと僕は思ってます。市場に乗らんから価値がなくなって100年後なくなっても、それはいい。アーティストがそう言うのであれば。まずは、それがあってアーティストが売ってもええよって言ったときにはそれこそ、そこから施設側のポテンシャルの問題で。売れるような状況をいかに作っていくかという。

  • 特に、いいお客様がついているアートフェアにいかに参加していくかというのは逆に福祉側の施設の問題。

  • 売れるとご本人さん作家さんは、何か変わりますか?

  • 変わる方もおられれば全く変わらない方もいます。全く興味ない。

  • 物理的にお金が入ってきますよね。そこも興味がない?

  • それは、そのままお母様にスルーという。お母様が差配をされてというのはあります。

  • やまなみさん、いかがですか?売れたということは伝えるんですよね。

  • やまなみ工房のアーティストの中には売れたとか、何万人の展覧会に出したらよかったねって言ってもそれを理解できる人がなかなか少なかったりそういう称賛や評価に対して、あまり理解することが難しい方はたくさんいらっしゃいますね。売る、売らないの判断は、僕たちが、これを取っておきたいという施設側のエゴではなくてやっぱり、この作品をもって彼らのことをもっと知っていただきたいというのはただ単に芸術家とか、すばらしい作品を作る方ではなくて

  • 人間性というか、正しく知っていただきたいというのがあるので。もう少し個人のものになるんではなくていろんな方に見てもらおうみたいなところはありますね。

  • どの団体も作品自体を販売するというものもあれば何か、それをデザインをして商品にして販売するという形もありますけど、やまなみさんのところはなかなかユニークな展開をなさってますよね。

  • でも、ここ5年ぐらいですかね。「アール・ブリュット ジャポネ展」。あれがあったあと外国の方がたくさん、やまなみに来るようになりましたね。

  • 「アール・ブリュット ジャポネ」では滋賀のほうはどうだったんですか?

  • 正確には美術館ではないです。

  • サンピエール美術館とよく表記されていますけどパリ市のウェブサイトでパリ市の美術館では出てこないですね。展示場です。展示施設としてアウトサイダー・アート祖国派、サブカルチャーとか、いわゆるメインストリートじゃないアートをいろいろ展示する展示場としたら由緒があるというか。

  • あれを機に日本でアール・ブリュットと言う言葉が出ました。

  • 2010年に展覧会63人の作家さんの展覧会があって日本の主に障害のある方。一応、アール・ブリュットということなので向こうの概念で言うと障害のある肩だけではないですが、日本から選ぶと障害のある方が中心になって4~5人の方以外は障害者手帳を持っているというデータだったと思いますけど。その展覧会が開催された。それが始まる時点では割と新聞の記事を見ても主催者のプレスリリースを見てもアウトサイダー・アートという言葉は併用されているんです。それが、成功してというか

  • 日本にその後、凱旋というのも恐ろしい話ですけど。勝って帰ってくるということですから。凱旋展というのが7か所ぐらいの公立美術館であったんですけど、2011年から13年にかけて、そこで完全にアール・ブリュットという言葉が定着していったという感じですね。

  • あの展覧会はかなり転換点というか大きい変化を見せた展覧会だと思うんですけど。僕の周りでも、かなり出展依頼。実際出展してたんですけど、実際に相談を受けたときの話なんですけど実は、アートのクオリティーだけで選ばれたわけではなくてアートプラス成年後見人制度というのがあって。

  • 成年後見人制度ってわかりますか?そちらもちょっと簡単に説明しながら。

  • 財産の管理を第三者に委ねるという後見人に委ねる制度があるんですけどある人たちのとってとても大切なもので重要な制度なんですけどパリの展覧会に出すときにはその成年後見人制度をとるというのが条件だったんですね。それによって、同じ施設で同じクオリティーの作家さんでもうちは、たかだか美術の展覧会のためにそんなのをとったら、うちの財産、全部管理されちゃうから

  • だから、出さないよという作家さんもいたり、ありがたいことだから受けましょうという人もいて分断されていくわけです。そうするとパリに行った作家がアール・ブリュットと呼ばれて、そこにとどまってる作家さんは障害者アートみたいな分断が起きちゃってそのとき、僕も最初よくわからなかったんですよ。もやっとそういう分断って、一方では市場が生まれて、評価されるのは、とてもうれしいことだけれども一方で分断が起きちゃうということは多分、過渡期だから、そういうことが起きるというのは

  • とてもよくわかるんですが、いまだに悶々としたものはあります。その辺、どうなんですかね。

  • 僕は大阪府に住んでるんですね。同じ関西で、先ほどからもよくお話に出る山下君のところの滋賀県というのが非常に日本のこういう分野の力を持っているところでして。「アール・ブリュットジャポネ展」というのも

  • 基本的には滋賀県界隈の法人などの力を持って指導をしていたという現実があります。ネットで見てもらえれば出てきます。それ以降の話なんですけど、それ以降オリンピックに向けても滋賀県が非常に、この分野をリードしています。それは、ある意味、リードしていただいている。先ほど、話にもあったけれども滋賀県というものが力を持ち、フランスに行きカテゴライズをされたといえどもアール・ブリュットを名乗り今となっては

  • これだけのお客様が入るようになった。そういう意味で滋賀県の力というか、腕力というのは僕はとても大きいものだったんだなと。ここ15年ぐらい。他方で、それは、今日、登壇される方が何か思われてると思うし、この中にも

  • 思われる方おられるのかと思いますが、少しバランスが悪いのではないかと僕は思っています。それが、非常に有名な作品だけをアール・ブリュットと呼ぼうというような形と一緒で裾野にはたくさんの作業所があるわけなんです。そこに参加したくてもできないところがたくさんあるんだけれども、なんかパワーバランスが僕は西のほうですね。西へ西へ。東には行かずに西へ西へと傾いているような気がするんだけれどもその辺は滋賀県在住の山下さん、どう思われます?

  • 僕は生まれと育ちは三重県なので。滋賀県は勤務地なんです。滋賀県の中にいると本当にいろいろ活発な事業だったり政策があるので。僕たちは単純にやまなみ工房のアーティストや、活躍できる場を提供できるというのが非常にありがたいなと思う側面全国的に見たときに、滋賀県から来ましたというと滋賀県、すごいですねと、すごいの意味はいろいろありますがよく言われることありますね。

  • 多分、はてなが飛んでる方も多いと思うんですが滋賀県というのは、県の取り組みということですか?

  • 僕がしゃべると間違ってしまったらあれなんで…。

  • せっかく角生やしてきたんだからいきましょうよ。

  • 帰ってやまなみなくなってたらどうするんですか?

  • この辺りは研究されている服部さん?

  • 滋賀県に大きな美術館ができるんですね。

  • 美術館の改築が行われていてその中で、今まではアメリカの近代美術なんかも、たくさん持ってたんですけどそれだけじゃなくて、アール・ブリュットを1つの収集方針に掲げようとしています。その言葉がアール・ブリュットでいいのかは置いておいて革命的なことだと思うんですね。なんか障害のある方のために別の美術館を作りましょうというよりは健康的だと思うんですね。日本には各地に美術館があって、その美術館、それぞれが収集方針というものを持ってるわけですけれども障害のある方の作品をきちんと取

  • り込めるような法律の美術館ってほぼないと思うんですね。その中で滋賀の新しい美術館そこが障害のある方の創作について目を向けようとしているということはとてもいいことだと思うんですね。ただ、それが本当にアール・ブリュットという言葉でいいのかといったら別の問題です。それは、さっきの私の話でもあったようにアール・ブリュットというのは1つの偏りを持っていて、障害のある方のばかりではないのでせっかく、この機会に公立の美術

  • 館が美術として生涯のある方のアートに目を向けようというのであれば、もうちょっと幅の広い視点から、やることはできないのかなと気になるところです。それが各地の美術館の今まで、大文字のアートだけ見てくればいいんだと思ってた各地の美術館にうまい形で波及していく大切なきっかけだと思うんですけど、そうなりにくいもうちょっと広い視点から考えられる。さっき、バランスがとおっしゃいましたけど

  • バランス感覚を持って障害アートというのを相対的に見れるような仕組みができればいいのになと。期待と不安と両方感じますね。

  • そういう公立の美術館ができるって大きなことだと思うんですけど、アート論議ですとかそういうことは進んでるんですか?有識者さんの間でとか。アートに関する話をいっぱいしないと、そういうのはなかなか決まらないでしょ。

  • 1年に1回、運営委員会みたいなものがあってそれにだけは呼ばれるんですけど、その1時間半ではやっぱり、何もできない。

  • 1点、質問があるんですけど障害者文化芸術推進法案というのが今進んでいます。ほかの問題などがあっていろいろとまって秋の臨時国会に出そうかなとした。その辺のことを調べたらやっぱり福祉業界の全国手をつなぐ育成会とか滋賀県の社会保障法人なども。

  • 障害者なのでOKと思うんです。ただ、芸術なので、そうしたところに名前を連ねる芸術家、1人もいません。かつ美術研究者は1人もいない。これについて、どう思われますか?

  • 山下清のときと同じ切り分けが起きる可能性はありますね。これは、障害のある方の福祉についての問題だから美術館は関わらなくてよし、美術業界は関わらなくてよし、1年に1回、貸し会場を使って障害のある方の優れた作品の展覧会をやればいいんですよねという形で切り分けられるのが一番危険だと思います。

  • ただね、頭をとってはるのは文化部会なんです。文化部会と厚生労働部会が、国のほうの話ですが、中でも文化部会のほうだと思います。文化がとってるのになんで、例えばこういう問題やったら服部先生にお声がけがないんですか?

  • それは私に聞かれても、なかなか難しい問題ですが。

  • それは文化部会なの?

  • 文化部と厚労省部会が2つ。頭をとってるのは文化部会やと聞きました。

  • その法律があるんだということを美術系の新聞記者の方に言ってもアート系の雑誌の方に聞いてもどなたも知らないですねほとんど危機感を持ってないんですね、美術業界の方々は。知らないのでなんですが。これが法律として障害のある方のアート活動を地域の美術館で取り上げなさいよとかそういうふうなことが法律で決められているのはある種、異様なことですよね。

  • 美術館で胃腸の悪い方のアートを見ましょうみたいなことで。何かルールを決めて、美術館がどんな作品を展示するかについて1つのルールを法律で与えられるというのはとても異様なことだと思います。法律の解釈次第ですけど、そこまできっちり法律に書かれているわけではなくてゆるく解釈すれば何の問題もない可能性もあるんですけどそれを盾にとってそういうふうな運動が起こってくる可能性は十分あってそのことに、美術業界、ほとんど気づいていないし関心も持ってないという現状は少し気持ち悪いなと。

  • 美術業界の人たちはなんで関心を持たないんですか?同じ大きなアートというくくりにならないんですか?

  • まず、そこに情報が届いてないんですね。そういう法律が今、動いていることすらご存じないんだと思いますね。

  • この法律を知っているという方。600人中4~5人か。

  • 障害のある方のアートの支援に関わるという気持ちがあるような方が、関心のある方がこられてこれぐらいのところのものでも、いつの間にか決まってるというのが日本の法律の進み方じゃないですか。

  • とっても恐ろしいことですね。どんどん進んだあとに知って、こんなはずじゃなかったっていうよくあるパターンですね。

  • それもやっぱり先ほどから同じことを言うんやけど法律を作るのにも偏った委員構成やと僕は思います。例えば、それも関西が強いんですけど関東の方々の特にこういう施設系の方々のお話、委員が入ってなかったらさほど入ってへんと思うし。

  • その委員は公表されてるんですよね。ネットで調べられますよね。

  • 今、27団体が入っています。その団体を見れば、アート系を本当にやってるのかというのはわからないんです。そんなに名前を聞かない団体なのでアート活動を積極的にやられている方が言葉を作り、議員と話し、作っていったとはあんまり思えないんです。

  • 今中さんのところと山下さんのところはどうですか。

  • なんの引っかかりもなく。

  • 僕も今中さんのフェイスブックで知りました。そういう法案がありますって。

  • 今日かなり関心のある方がおそろいなんですけど、さっきの手を上げた人数というのはこれは、危機感持ちますね。ただね、僕思うんですけど美術館ができるとか法案になるというのはこんな時代が来たか、すごいなと思ってたんですけど、だめなんですか?

  • もちろんいいこともあるわけでこれだけの方が関心を持っておられるのは大きいことでそれは、大きな力になる。最初の私の話の中でもしましたが、その一方でそれを、矮小化してしまうというか小さな問題にしてしまう一部のすぐれた、欧米的なすぐれたといわれる作品が各アーティストの人が何回も展覧会をされ、あるいは

  • 新しい人が各地で発掘されていき、かつそれが一定の少数の方々の手の中だけにあってその方々のクリエーションする展覧会だけで展示される。それが、それを持ちたいようなコレクターに広がっては行かないし美術館が所蔵することにもならないというその限定的なものになってはいけないなと思います。

  • 今日、僕、このチラシをいろんな人に渡したんですけど山下さん、頑張れよ期待に応えろよ、みんな悶々としてんねんって言ってたんですけどこれ、悶々としてるのは解決したんですか?

  • 悶々、もやもやしている人はいっぱいいるんですけれども多分、そこの原点のところがよくわかってなかったんじゃないですかね。あと、言いづらいというのもあるんじゃないでしょうか。

  • アール・ブリュットという言葉をご存じですかといって、あれだけ手が挙がるのは多分、世界中探して日本しかないと思うんです。それぐらいアール・ブリュットという言葉が知られていながら、根底にあるはずの障害者の創作活動というとても重要な法案が、何回も議論されながら通りかかっていることについて知っている人がこれだけ少ないというねじれですね。今ここで認識で

  • きたというのは大きなことで、それを今日、持ち帰って標的な目を向ける。本当にいいのかと批判的に考えてみるのが各自の活動の中でできていくというのがとても大切なことだと思います。

  • 最後にメモしていただければと思います。民進党の中根議員この方のサイトに、法案のイメージ図。なかなかネットで見てもないんですよ。こういうものが出ています。民進党の中根先生のサイトを見ていただくと法案の内容、ざっくりと書いてあります。悪いことは全然書いてない気がするんです。これをどう解釈するか。

  • 法案の全体的なものは私たちは、どうやって知ったらいいんですか?

  • どうやって知ったらいいんですか…。僕が探し当てたのは彼のホームページに浮遊している1つのPDFでした。読んでいただくと、間違ったことは議論されてないと僕は思います。ただ、これが、美術館サイドの学芸員はどう動くのかとか。どれだけの能力があるのかというのはこれからなんだけども、ぜひ今日を機会に。

  • これは全国の私たちが注目すべきものですね。2020に向かって。

  • 直接、現場の方々はぜひ読んでください。僕にも関わってきますし山下君にも皆さんにも関わってくるので議論を高めていただけたらと思います。

  • 本来アートは自由。どういうことかというとアートはみんなのものということなので私たちも責任を持って関心を寄せていかないといけないと思います。そして、この日本の現状を海外の人たちはどう見ているのか。ここも気になりますね。中津川さん、マイク置かないで。この辺り気になりますね。いろいろな声が入ってきますけどね。このことは、ゴメズさんが、お話いただけると思います。それを受けて、また、第2回目のシンポジウムを開催したいです。

  • ちょっと時間を押してしまいましたが今から15分間の休憩に入ります。このあとの交流会でまた皆さんにもお話いただけると思いますのでもやもやがなかったことは、もしかしたら新たなもやもやが生まれたかもしれませんけど、これで第1回目のシンポジウムを終了させていただきます。15分後にお戻りください。よろしくお願いいたします。皆さん、ありがとうございました。